被害者を守り、有能だが危うい管理職をどう再生するか
前編では、「誰が悪いか」という議論から始まるハラスメント対応が、会社にとって本当に大切な問いを見失わせることがあるとお話ししました。
相談者を守らなければならない。
しかし、有能な管理職を安易に「加害者」と決めつけて潰すことも、会社にとって避けなくてはならない。
そして、多くの会社は、
「これはハラスメントですか」という問いに意識が向きすぎるあまり、
「相談者の健康をどう守るか」
「管理職をどう立て直すか」
という問いまでたどり着けていません。
後編では、ここから一歩進めて、
会社は何から手を付けるべきなのか。
産業医は何をして、何をしてはいけないのか。
そして、
有能だが危うい管理職を、組織を壊さない管理職へどう再生していくのか。
について、私なりの考えをお話しします。
産業医としての立ち位置
こうした場面で、まず整理しておきたいことがあります。
それは、産業医の役割を間違えないことです。
ハラスメント案件になると、
「産業医の先生、本人から詳しく話を聞いていただけますか。」
「事実関係を確認してもらえませんか。」
という相談を受けることがあります。
しかし、
産業医はハラスメント調査官ではありません。
産業医面談は、事実認定の場でもありません。
発言内容や日時、証人、チャット履歴を細かく聞き取り、
人事へ調査資料として渡すことは産業医の仕事ではありません。
私が見るのは、医学的リスクです。
不眠はどの程度か。
動悸はどの程度か。
食欲は落ちていないか。
出社困難感はあるか。
希死念慮はないか。
受診が必要か。
夜間障害対応で悪化する可能性はどれくらいか。
一対一面談が強い負荷になっているか。
当面避けるべき業務条件は何か。
どのくらいの期間で再評価するか。
ここが産業医の守備範囲です。
一方で、企業の支援者という立場から見るなら、
さらに一段上の問いがあります。
それは、
「会社は、この上司をどう再生するか。」
という問いです。
医学と経営支援。
この二つは役割を分ければ、決して矛盾しません。
被害者を守るための「切り離し」は、懲罰ではない
相談者に不眠や動悸が出ている。
夜間対応に入ると悪化しそうだと訴えている。
一対一面談が強いストレスになっている。
このような場合、
多くは相談者と上司との接点を一時的に減らす必要があります。
ただし、それは懲罰ではありません。
私は、これは消火活動に似ていると思ってます。
火事の最中に、
「誰がマッチを擦ったんだ。」
と議論したって火は消えない。
まず延焼を止める。
犯人探しは、その後です。
会社としては、
夜間障害対応のリーダーから一時的に外す。
一対一面談を複数名対応にする。
チャットでの名指し指摘を控える。
業務指示をできるだけ文書化する。
二〜四週間程度で再評価する。
こうした措置を速やかに講じることが重要です。
そして、その理由も、
「あなたが加害者だから。」
ではありません。
「現在の健康状態では、この業務条件が負荷になっているため、一時的に調整します。」
という説明。
ハラスメント該当性を断定しなくても、
安全配慮義務に基づく対応はできます。
有能だが危うい管理職をどう再生するか
会社としては、上司側への対応も必要です。
しかし、ここでも入り方を間違えると失敗します。
「あなたはハラスメント加害者です。」
「反省してください。」
この入り方では、多くの場合、防衛的になります。
「必要な指導をしただけだ。」
「品質を守るには厳しさも必要だ。」
「現場を知らない人事に何が分かる。」
そうなってしまいます。
私が良いと思うのは、、ちょっとだけ違う入り方。
「品質への責任感は会社に必要です。」
「現場を支えてきたことも理解しています。」
「ただ、その指導方法では部下が萎縮し、相談や報告が止まる可能性があります。」
「報告が止まれば、結果として品質も守れません。」
つまり、
あなたの強みが、今は組織のリスクになってしまっています。
ということを伝えること。
これは甘いことではありません。
むしろ、有能な管理職ほど厳しく伝えるべき話です。
成果を出すだけでは、管理職としては不十分です。
部下を壊さずに成果を出すことまでが、管理職の仕事です。
「気をつけます」では変わらない
管理職研修でよくあるのは、
「もっと部下に寄り添いましょう。」
「ハラスメントに気を付けましょう。」
という話ではないでしょうか。
でも、それだけで行動は変わりませんよね。
私はよく、
管理職は筋トレと同じだ。
と思っています。
「気をつけます。」
では筋肉は付かない。
毎日の動作を変えなければ、体は変わらない。
管理職も同じことです。
例えば、
公開の会議で個人を詰めない。
チャットで名指し批判をしない。
人格ではなく行動を指摘する。
「なぜできない」ではなく、「次は何をすればよいか」を伝える。
緊急時ほど短く、具体的に、感情を乗せずに指示する。
必要に応じて第三者を同席させる。
部下からの相談件数や報告件数も管理指標として見る。
繁忙期のあとには必ず振り返りを行う。
ここまで具体的に行動へ落として初めて、
人は変わる余地を持ちます。
「訴え」と「事実」は同じではない
もう一つ、大切なことがあります。
相談者の訴えを尊重することと、
その訴えをそのまま事実認定することは違います。
ごくまれではありますが、
ハラスメント申告を自己防衛や人事上の駆け引きとして利用するケースもあります。
だからこそ、
相談者の苦痛は苦痛として扱う。
しかし、事実認定は会社の調査に委ねる。
上司を最初から加害者と決めつけない。
健康リスクに基づいて助言する。
産業医はこの距離感が重要になります。
相談者を守ることと、適正手続を守ることは、どちらも会社の責任です。
会社が本当に問うべきこと
こうした案件で会社が本当に問うべきことは、
「これはハラスメントですか。」
だけではありません。
なぜ、その上司のやり方がここまで温存されてきたのか。
なぜ、もっと早くフィードバックできなかったのか。
なぜ、部下が不眠や動悸を訴えるまで止まらなかったのか。
なぜ、成果を出す管理職ほどコミュニケーション面のリスクが見逃されるのか。
会社は管理職に、成果以外の何を求めると明示しているのか。
品質を守ることと、人を壊さないことを、どう管理職評価に組み込むのか。
ここまで見ないと、同じことは繰り返されます。
一人の上司を処分したとしても、
また次の「有能だが危うい管理職」が生まれるだけかもしれません。
だから、ハラスメント対応は危機対応で終わる話ではありません。
管理職育成であり、組織開発の課題なのです。
私ならどう支援するだろうか
私であったら。何から始めるだろう?
まず相談者の健康確保を最優先する。
産業医面談では、不眠、動悸、出社困難感、希死念慮、受診要否、夜間対応による悪化リスクを評価する。
会社には、調査結果を待たず、
夜間対応から一時的に外すこと。
一対一面談を複数名対応へ変更すること。
チャットでの名指し指摘を控えること。
二〜四週間で再評価すること。
を助言します。
次に、
調査ラインと健康管理ラインは分けるよう伝えます。
産業医面談を調査資料集めに使ってはいけません。
そして経営層には、
「処分か、放置か。」
という二択ではなく、
「この上司を管理職としてどう再生するか。」
という問いへ引き上げることを提案します。
まとめてみる
ハラスメント対応で重要なのは、
加害者を潰すことでも、
被害者の訴えを疑うことでもありません。
相談者の健康を守る。
ハラスメント調査は適正に行う。
産業医は事実認定に深入りしない。
上司側にも適正手続を保障する。
そして、有能だが危うい管理職を、組織を壊さない管理職へ再生する。
このバランスが必要です。
ハラスメント対応は、悪者探しの技術ではありません。
人を守りながら、組織を壊さず、管理職を育てる技術です。
ハラスメントをゼロにする会社をつくることは難しくても、
同じ失敗を繰り返さない会社にすることはできます。
それが、私が産業医として企業を支援するとき、
一貫して大切にしたいと思っているところです。
アンドモアー
こういう記事書くと、
ホントまあ一般受けしない。
良薬口に苦し。
でも苦いからと言って良薬とは限らない、ってね。
戯言でした。
仍て如件
